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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)66号 判決 1966年3月29日

原告 ゼ・シンガー・カムパニー

被告 川島勝

主文

特許庁が、昭和三九年二月一二日、同庁昭和三六年審判第五六二号商標登録無効審判事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続

原告(旧商号「ゼ・シンガー・マニユフアクチユアリング・カムパニー」を昭和三八年五月一五日、現商号に変更)は、昭和三六年九月二一日、特許庁に対し、後記原告の登録商標を引用して、被告の次項掲記の登録商標は、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号及び第一一号の規定に違反して登録されたものであるから、その登録は、商標法施行法第一〇条第一項の規定により、なおその効力を有する旧商標法第一六条第一項第一号の規定により無効とせらるべきものであるとして、被告の商標の登録無効審判を請求(同庁昭和三六年審判第五六二号事件)したところ、昭和三九年二月一二日、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その審決書の謄本は、同年二月二六日、原告代理人に送達された(出訴期間に三カ月を附加)。

二  被告の登録商標

被告の商標の登録までの経過及び構成は、次のとおりである。

(一)  登録出願 昭和二八年九月一六日

(二)  出願公告 昭和二九年五月一八日

(三)  登録   昭和三三年七月一七日

(四)  登録番号 第五二三、九二五号

(五)  指定商品 旧第一七類(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号商標法施行規則第一五条第一七類)縫機。

(六)  構成

別紙図面(一)記載のとおり、「Single」の文字を筆記体で横書きし、その上方には六個、下方には五個のZ字様の図形を半円形につらね、右の文字を挾んで全体として円形をなすよう構成して成るもの。ただし、商標中「Single」の文字については権利不要求。

三  原告の登録商標

原告の商標の登録、更新登録までの経過及び構成は、次のとおりである。

(一)  登録     明治三四年四月一八日(登録第一五、六五二号)

(二)  更新登録出願 大正九年一一月一九日

(三)  更新登録   大正一〇年四月六日、昭和二四年七月一一日

(ただし、昭和二五年九月一二日、「昭和一六年一二月八日から昭和二五年九月一二日までの期間を旧商標法第一〇条の二〇年の期間に算入しない」旨の登録。)

(四)  指定商品   旧第一七類裁縫機械

(五)  登録番号   第一二七、三五一号

(六)  構成     別紙図面(二)のとおり、「SINGER」の文字を角ゴジツク体で横書きして成るもの

四  審決理由の要点

本件審決は、その理由において、被告の商標登録を原告主張の規定により無効とすべき限りではない、として、次のとおり、その理由を説明した。すなわち、

(一)  被告の商標と原告の商標とは、外観、称呼、観念のいずれの点においても類似していない。

被告の商標は、数個のZ字状図形を円輪廓のように配した図形と中央に顕著に表わされた「Single」の文字とは一体としてみるべきであり、この点から引用商標である原告の登録商標と対比すると、両者は、外観上、明らかな差異がある。これを称呼上からみれば、前者は、その「Single」の文字の部分は、きわめて顕著に描出されているから、取引上「シングル」の称呼が生ずるものであることは必ずしも否定しないが、「Single」の文字は「一つの」「単独の」等の意を有し、「Double」(ダブル)に対する語として日常一般に使用され、すでに日本語としても熟しているものといえるから、「シンガー」の称呼を生ずるものであること明らかな後者とは類似していない。また、前者の「Single」が前記のような意味をもつに対し、後者の「SINGER」は特段の意味のない造語とみるべきであるから、両者は、観念の点においても明らかな差異があるものというべく、したがつて、たとえその指定商品を共通にしても、両者は誤認混淆を生ぜしめる程の類似関係にあるものということはできない。

(二)  商品の誤認混同を生ずる可能性があるものと認めることができない。

原告の登録商標が、商品裁縫機械について、取引者、需要者間において、周知著名であることは、特許庁にも顕著なところではあるが、これと被告の登録商標とは類似しないと認められること(一)記載のとおりであるから、被告が本件登録商標をその指定商品縫機に使用しても、その商品が、あたかも、原告の製造販売にかかる商品の一種であるか、又は、原告の登録商標の附された商品そのものと取り違えられる可能性が十分であると認めることができない。

五  審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において、事実誤認ないしは法の解釈適用を誤つた違法がある。

(一)  外観及び称呼について

本件審決は、被告の登録商標と原告の登録商標とを対比し、まず、外観の点について、前記のとおり、前者は数個のZ字状図形を円輪廓のように配した図形と中央に顕著に表わされた「Single」の文字とは一体としてみるべきであるから、両者は、外観上明らかな差異があるとしているが、被告の登録商標における右図形は特別顕著なものといいがたく、これに反し「Single」の英文字は顕著に表現されているから、右商標の要部は、「Single」の文字にあるとみるのが至当である。しかして、右商標の要部と原告の登録商標とを比較すると、両者は、ともに英文字六字から成り、そのうち前半の四文字「SING」を共通にし、わずかに語尾部に「LE」と「ER」の差異があるにすぎず、しかも、「E」の文字を共通にしているのであるから、結局、両者における非共通の文字は「L」と「R」の一字に帰する。したがつて、両者を、時と所とを異にして離隔的に観察するとき、両者は、外観上相紛わしく、類似の商標といわなければならない。このことは、両商標を、その指定商品である裁縫機械に使用する場合を考えると、まことに明白である。

本件審決は、また、称呼の点について、被告の登録商標は、取引上「シングル」の称呼を生ずるものであり、「シンガー」の称呼を生ずる原告の登録商標とは、称呼上も類似しない、としていること前記のとおりであるが、両者は、前半部の発音「シン」を同一にし、後半部においては、「グル」と「ガー」の差異があるとはいえ、「グ」及び「ガ」の両音は、五十音同行のきわめて相近似した発音であり、かつ、前者における語尾音「ル」は、一般に、弱い印象を聴者に与えるにすぎないから、両商標を、それぞれ全体として発音する場合、両者は相紛わしく、ことに、時と所を異にして記憶に基づいて比較する場合は、両者は、きわめて相紛わしく、類似の商標といわなければならない。

(二)  商品の誤認混同について

本件審決は、前記のとおり、被告及び原告の各登録商標は、類似しているとはいえないから、商品の誤認混同の可能性があるとはいえない、としているが、仮に両商標が類似していないとしても、そのことの故に旧商標法第二条第一項第一一号の規定の適用の余地がないとするのは、明らかに法律の解釈適用を誤つたものである。けだし、右法条は、商品の誤認又は混同を生ぜしめる事由の如何を問うものではないからである。上述したところから明らかなように、仮に相類似するとはいえないとしても、両者は、外観上及び称呼上互いに近似する構成から成るものであり、ことに、両者の指定商品である裁縫機械に使用される場合を想定すると、両者は、まことに相紛わしいものというべく、しかも、原告の引用商標は、審決もいうとおり、きわめて周知著名であるから、被告の前記登録商標を見聞する世人は、その構成の近似しているところから、容易に、原告の引用商標を連想し、商品の出所を混同する虞が多分にあるものとされなければならない。

第三被告

被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第四証拠関係<省略>

理由

(特許庁における手続等)

一  本件商標登録無効審判請求事件に関する特許庁における手続経過、被告及び原告の各登録商標の構成等並びに本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、被告において、これを自白したものとみなされる(なお、これらの事実は、当裁判所が真正に成立したと認める甲第一号証から第五号証までの記載に徴しても明らかなところである。)。

(本件審決を取り消すべき事由の有無)

二 前項掲記の事実に基づき本件審決における取消事由の有無について審究判断するに、本件審決は、まず、被告及び原告の各登録商標は、外観上明らかな差異があるとしているが、両商標は、外観上、互いに類似するとみるのが相当である。すなわち、被告の登録商標は、前に掲げた構成から明らかなように、中央に顕著に表示された「Single」の英文字の周囲に、装飾的に画かれた二重円の図形、しいてこれを名付ければ、本件審決のいうように、数個のZ字状図形を円輪廓のように配したものであるが、「Single」の英文字が単語としての意味(その内容は別として)を有すると一般に理解されるものであるに対し、右図形は、格別の顕著な意味を有するとは認められない、単純な装飾的、附随的なものと認められること及び右図形と文字部分との配分、配列等を考慮すると、右商標が実際に使用された場合、これを見る者の注意を強くひく部分は、「Single」の文字部分にあるものと解するのが相当である。しかして、被告の登録商標のこの部分と原告の登録商標とを、その外観から観察すると、両者は、「S」から始まる六文字中、初めの四文字及び末尾部分の「E」の一文字計五文字を共通(厳格にいえば、全体として筆記体とゴジツク体、第二字以下は、小文字、大文字の差はあるが、これらの文字が一般によく見られる外国文字であることに鑑みれば、なお、共通というに妨げない。)にしていることは、その構成から明白である。このように、全体として、六文字にしかすぎない英文字のうち、五文字を共通にし、しかも、その初めの部分の四文字を共通にする二群の文字を、それぞれ別個に商標として使用するときは、その指定商品である「ミシン」と通称される裁縫機械の需要者、取引者は、時として彼此を混同し、両者を同一視することが十分おそれられる。けだし、これらの需要者、取引者は、この種商標の識別に当り、必ずしも、仔細にその綴りの一字一字の末まで、その異同を吟味することなく、時に軽卒ともいうべき全体的直観に頼るのが、むしろ普通であることは、経験則の教えるところだからである。このような両者の相紛わしさは、これを類似の関係にあるというべきものであることは、いうまでもない。

(むすび)

三 以上説示したとおりであるから、被告及び原告の本件各登録商標は、外観、称呼、観念のいずれの点においても類似しない、と認定した本件審決は、爾余の点について判断するまでもなく、違法として取消を免がれない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 三宅正雄 荒木秀一)

(別紙)

(一)<省略>

(二)<省略>

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